「後悔のないように生きたい」と思っても難しいよね
おゆわりです。
不登校の子どものそばで働きながら在宅ワークをしていて、かれこれ5年くらいになります。
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昨日の5月16日に、弾丸で大阪へ行ってきました。
なぜかというと、私がずっと好きで応援している嵐が大阪でコンサートをしていたから。
5月15日から17日のあいだに大阪でコンサートがありましてね。
大阪がめっちゃ盛り上がっているニュースを見ていました。
それを見て、これは行ってみたいなと思ったんです。
ちなみにコンサート自体のチケットは、3月の札幌で取っていました。
なので今回はコンサートに参加するわけではなく、現場の雰囲気を味わいに行った感じです。
そこにしかない嵐のオブジェを見たり。
大阪の空気を感じたり。
本当にそれだけのために行ってきました。
今でこそ、こうやって行きたい場所に動けるようになりました。
でも今日話したいのは、後悔のないように生きようと思っても難しいよねという話です。
最後だから行こうと思えるようになるまで
最近の私は、
「もう最後かもしれないから行ってみよう」
「後回しにしないで今できるならやってみよう」
と、少しずつ思えるようになってきました。
でも普段の生活って、どうしても日常にぬるっとしてしまうんですよね。
家族がいたり。
お母さんという立場があったり。
子どものことがあったり。
そうすると、自分のことは自然と後回しになります。
「子どものことがあるから」
「私はお母さんだから後回しだよね」
「自分のことは最後でいいよね」
こんなふうに思ってしまうこともあります。
私も正直、昔はそれでいいと思っていました。
もちろん家族も子どもも大事です。
でも自分のやりたいことや大切にしたいものを、ずっと後回しにしているとね・・・
ふと、「私は何をしたかったんだっけ?」と思うことがありますよね。
当たり前が突然なくなるという経験
私はわりとぬるっと生きていたタイプです。
でも、今まで当たり前にあったものが突然なくなるってこういうことなんだなと思う出来事が2つありました。
1つ目は、私の母の死です。
私が小学校4年生のときに、母は交通事故で急に亡くなりました。
大人になった今では、記憶が薄れてしまっている部分もあります。
普段の生活に慣れすぎて、ずっとそのことばかり考えているわけでもありません。
でも、当たり前にいた人が突然いなくなる。
これは私にとって、初めての大きな経験でした。
本当はすごく大きな出来事だったはずです。
それでも自分が働いて家庭を持って、日々の生活に追われるようになると。
今はこっちのほうが大事だよなと思うことが増えていきました。
自分の大切なものを、後回しにしてしまうことも増えました。
母の死という大きな経験があっても、それでも日常に埋もれてしまう。
それくらい毎日の生活って強いんだと思います。
もうひとつの衝撃が嵐の活動休止だった
そしてもう1つ衝撃的だったのが、嵐のことです。
私はどちらかというと、デビュー前からの二宮くんファンでした。
今でこそ国民的アイドルと言われる存在です。
でも最初の頃は、今ほど圧倒的な人気があったわけではありませんでした。
そこからどんどん人気になっていきました。
松潤が花男に出た頃とかなんかは本当にすごい盛り上がり方で。
逆にその頃の私は、世間が盛り上がりすぎている感じが正直少し煩わしくなっていました。
こんな感じで少し気持ちが離れていた時期もありました。
それでも嵐は、中学生の頃からずっと前にある存在でした。
仲が良くて。
楽しそうで。
ずっとあるもの。
どこかで、そう思っていたんですよね。
でも活動休止が発表。
しかもコロナ禍で、本当はやりたかったことができない時期とも重なりました。
そのときに、かなり大きな衝撃を受けました。
当たり前にあると思っていたものが、当たり前じゃなくなる。
当たり前にできると思っていたことが、できなくなる。
活動休止だから完全な終わりではありません。
でも当時は、いつ休止が来るのかも分かりませんでした。
いつまで待つのかも分からない。
自分に何ができるのかも分からない。
そのときにできたことといえば、グッズやCDやアルバムを買うことくらいでした。
でも、いろんな後悔が出てきました。
「もっと場所を選ばずにコンサートに行けたらよかったな」
「地方開催にも行きたいって言えたらよかったな」
「子どもがいるから夜は無理って最初から諦めていたな」
そんなことを、あとからたくさん思いました。
だから働き方を変えたかった
その経験があったから、私は活動休止しているあいだに少しずつ働き方を変えていきました。
当時の私は、パートで働いていました。
でもパートだと、子どものことで急に休んだり早退したりしなきゃいけないこともあります。
どれだけ頑張っても、お給料には上限があります。
掛け持ちしようとしても、体力的にも時間的にも限界があります。
2か所に通ったところで、収入の限界はなんとなく見えています。
このままだと結構きついなと思いました。
だから、もう一本の柱として在宅ワークを始めました。
最初からうまくいったわけではありません。
簡単だったとも思っていません。
でもコツコツ続けてきたおかげで、今では在宅で会社員以上の収入を得られるようになりました。
なぜそこまで働き方を変えようと思ったのか。
その理由のひとつが、
「嵐が活動を再開したらいつでもどこでもコンサートに行けるようになりたい」
だったんです。
5年越しに選択肢が広がった
そして5年越しに、ようやく私自身もそれを少しずつ実現できるようになりました。
東京に住んでいるけど、札幌にも行けました。
今回みたいに、本当にノリみたいな感じで大阪にも行けました。
その前には名古屋にも行きました。
最後だから。
後悔したくないから。
今できるならやってみよう。
そう思って動けるようになったこと自体、私にとってはすごく大きな変化です。
お金があるからすべて解決する、という話ではありません。
でも働き方を変えて、時間と収入の選択肢が少し広がりました。
そのおかげで、行きたいけど無理で終わらせなくていい場面が増えました。
これは私にとって、すごく大きいことでした。
後悔しないように生きるって思ったより難しい
人によって、やりたいことは全然違うと思います。
推し活かもしれない。
旅行かもしれない。
勉強かもしれない。
働き方を変えることかもしれない。
家族との時間を増やしたい人もいると思います。
「ちょっといいものを買いたいけど今は無理だから我慢しよう」
「新しいことに挑戦したいけど今はやめておこう」
そうやって、日常の中で自分の気持ちを後回しにすることってあると思うんです。
もちろん全部を今すぐ叶えるのは難しいです。
子どものこと。
家族のこと。
仕事のこと。
体力のこと。
現実的に守らなきゃいけないものもあります。
私自身も、子どもが不登校だからそこを支える前提で動いています。
譲れない部分もあるし、守らなきゃいけない部分もあります。
でもそれでも思うんです。
本当にできなくなってからだと、やっぱり遅いんですよね。
何かあってからじゃ遅いから言葉にしている
私はコロナ禍や嵐の活動休止を通して、当たり前って当たり前じゃないんだなと感じました。
たぶん、そういう出来事がなかったら今こうして発信していなかったと思います。
私にとって発信は、備忘録のようなものでもあります。
でもあえて言葉にしているのは、何かあってからだと本当に遅いことがあるからです。
人って、簡単には変わらないです。
私も変わりたいと思っても、なかなか変われませんでした。
日常が大変だと、
「今はしょうがない」
「落ち着いたらやろう」
「いつかできたらいいな」
で、どんどん流れていきます。
だからこそ、日常の中で少しでも新しいものに触れることって大事だなと思っています。
本を読んでみる。
YouTubeで誰かの話を聞いてみる。
講演会に行ってみる。
気になる人の発信を見てみる。
自分の中にある本当はこうしたいを、少しだけ言葉にしてみる。
そんな小さなことでいいと思います。
そこで、私もこういうことしたかったんだと思える瞬間があるかもしれません。
このままじゃなくて、少し変えてみたいかもと思うことがあるかもしれません。
そう思えたときは、できる範囲で動いてみてほしいなと思います。
「こうすべき」とは言えないけれど・・・
ちょっとふわっとした話になってしまったかもしれません。
でも人のやりたいことって、本当にそれぞれだと思うんですよね。
趣味を楽しみたい人もいる。
スキルアップしたい人もいる。
働き方を変えたい人もいる。
家族との時間を増やしたい人もいる。
だから私は、あまりこうすべきとは言いたくなくて。
ただ、後悔のないように生きようと思ってもそれは思っている以上に難しいです。
日常は思っている以上に強いです。
家族のこともあります。
自分のことは、ついつい後回しになります。
でも、当たり前が当たり前じゃなくなることは本当にあります。
だからこそ、今できる小さなことからでいいと思います。
自分の本当はこうしたいを、見ないふりしすぎないでいたいなと思っています。
今回の私の話が、誰かにとって少しでもきっかけになったら嬉しいです。
私も後悔しないために、何かひとつ動いてみようかな。
そんなふうに思ってもらえたら嬉しいです。
ということで今回は、後悔のないように生きようと思っても難しいよねという話でした。
ではでは、また次回。



